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名古屋家庭裁判所 昭和47年(少)5205号 決定

少年 I・R子(昭三〇・一二・一生)

主文

少年を保護処分に付さない。

理由

(非行事実)

昭和四七年一二月一九日付司法警察員作成にかかる少年事件送致書記載の犯罪事実

(適用法令)

刑法二〇五条、六〇条

(処遇)

1  少年は、本件非行につき昭和四八年一月二三日調査官の観察に付され、合わせて○○寮に補導委託となつたが、その後同年二月二〇日、○○外科病院○田○医師に委託替となつて以来、同院夫妻の補導下で看護婦見習に従事して、現在に至つたものである。

2  少年の観察経過を試験観察経過報告書に照してみるに、前記○○外科病院に住込み、看護婦学校へ通学をはじめたところ、同年四月一七日突然母の危篤で、帰郷して看病をしていたが、同六月三日母の死亡という不幸に遭遇したため、一時心情の不安定をきたし、その去就に迷つていたものの、調査官や○田医師等関係者の指導助言によつて、看護婦としての途を進むことを決意し、殊に同年八月中旬亡母の墓参をすませて、病院に戻つて以来とみに気持も落着き、就業態度はきわめて良好であり、同僚間の折合いもよく、来春には改めて準看護婦学校に入学する予定であるなど生活全般に安定した真面目さと強い更生意欲が認められる。

3  かくして、本件非行は傷害致死という重大な結果をまねいたもので、その処遇については、もとより慎重を期さなければならないところではあるが、少年は試験観察中所定の遵守事項を完全に守つたばかりでなく、前叙のごとくその観察成績は極めて良好であつて、再非行の懸念はなく、しかも前記○田医師も当審判廷において少年の将来については、これからもできるだけの指導協力を惜しまない旨述べていることなどからして、少年の環境的要因に関しても問題はないものと思われる。従つて、これらの諸事情を総合すると、その要保護性はすでに解消したものと考える。

よつて、少年を保護処分に付さないこととして、少年法二三条二項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 林倫正)

参考一 試験観察決定(名古屋家裁 昭四七(少)五二〇五号 昭四八・一・二三決定)

主文

少年を、名古屋家庭裁判所調査官新美正人の観察に付する。

財団法人○○寮(主管者○場○よ)に少年の補導を委託する。

少年に対し、観察の期間中つぎの事項の遵守を命ずる。

一、家庭裁判所の許可があるまで、外出はしないこと。

二、罪の重大さを自覚し、更生にはげむこと。

三、名古屋家庭裁判所調査官新美正人および○○寮の先生方の指示にしたがうこと。

理由

(非行事実)

司法警察員作成の昭和四七年一二月一九日付少年事件送致書記載の犯罪事実のとおり(傷害致死、刑法二〇五条六〇条該当)。

(試験観察に付する理由)

一、本件は、少年を他店に引き抜こうとした被害者○木○代○に対する制裁、報復の意図から敢行されたものであるが、昭和四七年一二月一五日午後五時過ぎころから深夜に至る長時間店のシャッター戸を閉じて密室と化した犯行現場において、被害者の手足を縛り、タオルで口を塞ぎ、全く抵抗不能の状態としたうえ、スナック・○ス○ンの女あるじA子をはじめ、従業員B、C、Dおよび少年らが、こもごも殴打、足蹴り、氷責め、タバコの火責め、竹刀による殴打など執拗かつ残忍きわまりない暴行を加えた結果、被害者を死に致らしめたものである。

遺体に残された外傷からも暴行のすさまじさを推し測ることができるが、暴行後A子は、手足を縛られたまま吐血して横たわる被害者の顔面に小便をかけるという辱しめを与えている。被害者の受けた苦痛と屈辱ははかり知れないものがあり、罪質、犯情ともまれにみる悪質な事案であるといわなければならない。

二、本件は、唯一人の女店員である少年の引き抜きを知つて自尊心を傷つけられ、激怒したA子の平素からの激しい性格と支配性、犯行当日次第に度を増した異常なまでの嗜虐的行動に共犯者全員が影響され、支配されたものであつて、共犯者の個々の行為もA子の指図によつたものが少くないことが認められる。ことに少年は、本件直前の一二月一二日に、○木の引き抜きを防止するためA子の指図を受けたDにむりやり姦淫され、翌一三日にはA子、D、Cらに、本件で○木が受けたと類似の陰湿、残酷な暴行を受けている。本件においてA子の指示に従わなければどのような仕打ちを受けるかも知れないとの恐怖心が少年の行動の最大の契機になつたことは認めるに難くない。

しかし、他面、少年は、当初A子に指示されたとはいえ、被害者を呼び出し、被害者の顔面に水をかけて本件の発端を作つたほか、暴行の初期の段階で被害者の顔面を約一〇回殴打している。その後の制裁の激化が少年の当初予期しなかつた事態であるとしても、少年は氷責めには積極的、自発的に加担し、サンダルで殴り、足蹴りも繰り返えし相当執拗に行つているものであつて、眼前の暴行を阻止することを期待するのは無理であるとしても、自らできる限り暴行に加わることを避けようとする態度が欠けていたといわざるをえない。集中的に強力な暴行を加えたCら男子共犯者の暴行とその態様が異なるとはいえ、A子の指図のまま安易に行動し、あるいは異常な犯行現場の雰囲気に流されて上記行為に出た少年の行為、犯情も決して軽いとはいえない。少年は自らの罪の大きさを十分自覚しなければならない。

三、ひるがえつて、少年は幼少時父と生別し、母一人子一人の家庭で成長したが、これまで非行もなく、母親思いで、感受性に富み、年齢相応の判断力も備えている。調査、鑑別の結果によれば、「幾分の気の強い性格」「感情に溺れやすい」点が認められるが、本件を含めて非行の原因となるような資質上の問題は認められない。むしろ、都会の人間関係に慣れず、初めて経験した三か月余りのいわゆる水商売の世界で生じた事態に適切に対処できなかつたことこそ本件の背景にある最大の問題であろう。岡崎以来の異性との関係、○ス○ンへの就職、○木の誘いに対する対処の仕方、自ら制裁、暴行を受けた後の身の処し方、A子から指図された本件当時の対処の仕方それぞれについて、他にとるべき方法がなかつたかどうかを少年自身考えてみる必要があろう。

四、少年にはこれまで非行もなく、格別の資質上の問題がなかつたとはいえ、少年自身のリンチによる被害および本件を通じての異常かつ非人間的な経験により、心身に深い傷を受けている。これを癒し、心の平穏を回復し、自己を見つめることが更生への出発点とならなければならない。そのことが同時に、少年としての罪のつぐないにもなるであろう。そのために少年院における処遇を受けさせることも十分考えられるところであるが、一か月余の身柄拘束中、ことに遠隔地で病身のため審判に出席できなかつた母親に代り、本件の附添人としてたびたび少年鑑別所において少年と面会した○利○(名古屋少年友の会理事)の親身の援助を通じて、本件の罪の大きさを思い、どのように罪の償いをすればよいか少年自身模索している状況にあることや、本件における少年の役割、少年の能力などを考えれば、むしろこの際収容処分を留保し試験観察、補導委託により少年の心情の安定を図りつつ、健全な社会性を身につけ、更生への糸口を見出すよう指導、援助を加えることが最も適当な方法であると思料する。

なお、本件の被害者側からの報復的行動、他の共犯者からの不当な働きかけなどのおそれも全くないとはいえない状況にあるので、当分の間、無断外出禁止の遵守事項を付することとする。担当調査官および○○寮においても、少年に対する外部からの連絡については、細心の配慮が望まれる。

よつて、少年法二五条一項、二項一号、三号に則り、主文のとおり決定する。

裁判官 荒井史男

参考二 試験観察変更決定(名古屋家裁 昭四七(少)五二〇五号 昭四八・二・二〇決定)

主文

○○外科病院長○田○(愛知県海部郡○○町○○○○○○)に少年の補導を委託する。

少年に対し、観察の期間中つぎの事項の遵守を命ずる。

一、外出をするときは○田院長夫妻の許可を受けること。

二、当分の間、外部との手紙その他の通信は、○○寮経由で行なうこと。

三、名古屋家庭裁判所調査官新美正人および○田院長夫妻の指示にしたがうこと。

理由

昭和四八年一月二三日の第二回審判において、少年は、将来看護婦等他人に奉仕できる職種に就きたいとの希望を述べた。当裁判所は少年の希望の動機、少年の能力等からみてこれを適当と認め、少年の補導を暫時○○寮に委託するかたわら、附添人の協力を得て、少年の補導、更生をはかりつつあわせて少年の希望職種の勉学の機会を確保できる委託先の開拓に努めた結果、上記○田院長夫妻の全面的な協力を得ることができた。

少年は、○○寮在所中次第に落着きをとり戻し、将来看護婦として身を立てる決意を固めている。しかし、本件事案の性質、少年の保護環境等からみて、○○病院における生活状況、ことに本年春に予定されている看護学科進学後の生活が安定するまで、終局決定を留保し、その間の行動を観察しつつ、○○病院長夫妻の適切な指導、援助に委ねるのが相当である。昭和四八年一月二三日付試験観察決定において指摘したとおり、外部との接触についてはなお不安が残されているので、外出ないし外部との通信については、担当調査官および○田院長夫妻の細心の配慮が望まれる。

少年の一層の自覚と努力を期待するものである。

よつて、少年法二五条一項、二項一号、三号、少年審判規則四〇条に則り、主文のとおり決定する。

裁判官 荒井史男

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